冬を越えた器と、
これからの食卓。
A young potter in Mashiko on her wood-firing kiln, the winter that just ended, and the bowls that wait for spring.
- 文
- 小柳 美和
- 撮影
- 東 一郎
- 取材
- 栃木県・益子
- 季節
- 立春 / 雨水のころ
A young potter in Mashiko on her wood-firing kiln, the winter that just ended, and the bowls that wait for spring.
益子の北のはずれ、田んぼと雑木林に挟まれた小道の奥に、東野詠子さんの工房はある。立春を過ぎたばかりの月曜日、訪ねたときには、二週間焚き続けた薪窯のなかが、まだ温かかった。手のひらをかざすと、湯気が出ているのが見える。「完全に冷めるまで、あと三日」と、彼女は静かに言った。窯出しは、その後らしい。
詠子さんは、京都の美術大学を出たあと、十年あまり益子に通い、二年前に窯を譲り受けて独立した。窯は、地元の老陶工からの預かりもの、と本人は言う。「私のものというより、預かっている、という言いかたが、いちばん近い」[1]。
詠子さんの作るのは、日常の器。ほとんどが飯碗と、皿と、湯のみ。釉薬は、地元の土から自分で調合する。霜、淡墨、春の汀。釉薬には、すべて季節の名前がついている。[2]
薪窯は、年に三度しか焚かない。春・夏・秋の手前。冬には焚かない。理由を聞くと、「冬は、窯のなかが冷えすぎるから」とのこと。でも本当は、と詠子さんは少しだけ笑った。「冬には、自分のほうが、まだ次の器のかたちを思い出せないから」。
「器は、待ってくれます。 わたしが、冬のあいだに何かを考えるのを、ちゃんと待ってくれる」 東野 詠子(陶工)
この言葉が、取材中いちばん深く残ったかもしれない。器が待ってくれる、というのは、形容ではなくて、実感に近いのだろうと思う。詠子さんが冬に作りためた素焼きの碗が、棚の上で、彼女の春からの判断を、たしかに待っている。
春からの作陶計画を、メモを見せながら教えてくれた[3]。今年は、汁物のための深めの椀をやってみたい、と。これまで作っていた飯碗より、少し胴を膨らませて、口縁を内に巻く形。理由を聞くと、「汁が冷めにくいから」。ただそれだけのこと、と言った。
益子の工房は、いまも数を絞った受注制で、年に三度の窯出しのあとに、東京と神戸の二軒の小さなお店だけに卸している。詠子さんが言うには、「手の届く範囲で、ちゃんと届けたい」。器の数を増やすつもりはない。窯のサイズも、いまのままでいい、と。
帰り際、窯の前を通ったら、湯気はもう出ていなかった。あと三日、と詠子さんは繰り返した。器がそこにいる。こちらが待つ。それも悪くないのだ、と帰りの電車で思っていた。
連載「器を待つ」 第六回 / 全話を読む — 小柳美和 著