Est. 2019 · Tokyo
VOL.24 / 2026 SPRING
VOL. 24 / 24-004 · 手仕事 · 連載「器を待つ」 第六回 · 読了目安 6 min · 公開 2026.02.24

冬を越えた器と、
これからの食卓。

A young potter in Mashiko on her wood-firing kiln, the winter that just ended, and the bowls that wait for spring.

小柳 美和
撮影
東 一郎
取材
栃木県・益子
季節
立春 / 雨水のころ
薪窯のうち側、まだ余熱の残る朝。詠子さんが二週間焚き続けた窯。
欄外 — Note 01 東野詠子さん、三十四歳。京都の美大を出てから益子へ。窯は二年前、地元の老陶工から譲り受けた小さな薪窯。

益子の北のはずれ、田んぼと雑木林に挟まれた小道の奥に、東野詠子さんの工房はある。立春を過ぎたばかりの月曜日、訪ねたときには、二週間焚き続けた薪窯のなかが、まだ温かかった。手のひらをかざすと、湯気が出ているのが見える。「完全に冷めるまで、あと三日」と、彼女は静かに言った。窯出しは、その後らしい。

詠子さんは、京都の美術大学を出たあと、十年あまり益子に通い、二年前に窯を譲り受けて独立した。窯は、地元の老陶工からの預かりもの、と本人は言う。「私のものというより、預かっている、という言いかたが、いちばん近い」[1]

器は、待ってくれるThe bowls — they wait.

詠子さんの作るのは、日常の器。ほとんどが飯碗と、皿と、湯のみ。釉薬は、地元の土から自分で調合する。淡墨春の汀。釉薬には、すべて季節の名前がついている。[2]

薪窯は、年に三度しか焚かない。春・夏・秋の手前。冬には焚かない。理由を聞くと、「冬は、窯のなかが冷えすぎるから」とのこと。でも本当は、と詠子さんは少しだけ笑った。「冬には、自分のほうが、まだ次の器のかたちを思い出せないから」。

「器は、待ってくれます。 わたしが、冬のあいだに何かを考えるのを、ちゃんと待ってくれる」 東野 詠子(陶工)

この言葉が、取材中いちばん深く残ったかもしれない。器が待ってくれる、というのは、形容ではなくて、実感に近いのだろうと思う。詠子さんが冬に作りためた素焼きの碗が、棚の上で、彼女の春からの判断を、たしかに待っている。

欄外 — Note 02 釉薬名は、登窯の時代の伝統的な命名法に倣う。すべて自然の風景・気象から取られ、詠子さんは「春の汀」を最も気に入っているとのこと。
工房の棚、素焼きの飯碗が並ぶ。釉薬を待っている状態。

これからの食卓のことWhat the spring table holds.

春からの作陶計画を、メモを見せながら教えてくれた[3]。今年は、汁物のための深めの椀をやってみたい、と。これまで作っていた飯碗より、少し胴を膨らませて、口縁を内に巻く形。理由を聞くと、「汁が冷めにくいから」。ただそれだけのこと、と言った。

益子の工房は、いまも数を絞った受注制で、年に三度の窯出しのあとに、東京と神戸の二軒の小さなお店だけに卸している。詠子さんが言うには、「手の届く範囲で、ちゃんと届けたい」。器の数を増やすつもりはない。窯のサイズも、いまのままでいい、と。

帰り際、窯の前を通ったら、湯気はもう出ていなかった。あと三日、と詠子さんは繰り返した。器がそこにいる。こちらが待つ。それも悪くないのだ、と帰りの電車で思っていた。

連載「器を待つ」 第六回 / 全話を読む — 小柳美和 著
  1. 益子では、老陶工が次世代に窯を「譲る」文化が根強く残る。買い取りではなく、技と道具の引き継ぎを含む。
  2. 「春の汀」は、藁灰と長石、わずかな鉄分を組み合わせた半透明の釉薬。詠子さん命名。
  3. 取材当日に見せてもらった作陶ノートは、A5サイズの方眼ノート三冊目。器の輪郭と寸法、釉薬の配合が手書きで記録されていた。
Quaternary / VOL. 24 / Story 24-004 p. 24 — 034 校了 2026.02.24